外での人との交際においては、少々難が無くもないかなと…思わなくもないけれど。基本的な人性は、誠実で思いやりもあって。学校へも真面目に通うし、お手伝いもいやがらない。動き惜しみもしないまま、軽やかなフットワークで何でもこなす、素直で気立てのいい、それは健康的な高校生。
『…七郎次、親の欲目で物言っちゃいかん場面というのもあるのだぞ?』
父親代わりの勘兵衛は、常々冷静に、平静を守れるスタンスを保って見守っておいでならしいが。こんないい子は他には知らないとまで、本気で思うおっ母様。勿論のこと、世間様のいう公序良俗とかコトの善悪とか、そっちの方への感覚は、十分に問題のないレベルのお人だが。そうですねぇ、話が次男坊こと久蔵殿のこととなると、勘兵衛様が危惧したような、微妙に盲目的になる場合もあるのかも?(苦笑)
『いやですよぉ、甘やかしてばかりはおりませんて。』
だって久蔵殿は、そんな贔屓をわざわざしなくとも有り余るほど“いい子”ですしと。(…苦笑) そんなこんなで、高校生の坊やへ対し、微妙に猫かわいがりが半端じゃあなくなる、困ったおっ母様だったりするものの、世間様への迷惑になるほどでもなし、さほどに飛び抜けて目立ってもない、ごくごく普通の一般家庭。平凡な日々を送っておりますと胸張ってたりする、島田さんチだったりするのだけれど。………ここまでの文章の中に、間違いは幾つあったでしょうか?(こらこら)
――― そんなこんなと、表向きには愉快な島田さんチへ、
春も間近いとある昼下がりに1本の電話がかかって来。
それがちょっとした嵐を呼んだのであった。
◇◇◇
突然の電話により、午後へ向けての家事の手を止め、そのまま大慌てで七郎次が向かった先は、島田さんチの次男坊が通う公立高校で。
『お手数お掛け致しますが、学校まで御足労いただけませんでしょうか?』
久蔵くんがあのその、駅前の繁華街にて他校の学生たちと小競り合いとなりまして。負傷者が出た騒ぎとなってしまいましたので、その詳細をお話ししたく…と切り出され。どひゃあと飛び上がったそのまま、大急ぎで駆けつけたのが生徒指導室。先日、スキー合宿を早退した説明をしに来て以来で、迷子にこそならなんだが、こういう名前のお部屋に呼ばれると、そこはやはり緊張の度合いも違うというもの。ああそういや随分と昔の高校生時代、この髪を染めたものじゃあないのかと疑われ、保護者だった勘兵衛様が呼び出されたことがあったっけ。久蔵殿の髪は先に言っておいたその上、何とはなくの雰囲気や瞳の色などなどで、自毛ですという当人の一言で、誰もが信じて下さっているから、時代の流れって不思議だなぁと。そんなことを思ったのが去年の話と、どうでもいいこと思い出しつつ、恐る恐るにドアをノックすれば。
「どうぞ。」
それほど深刻そうでもないお声での応答があり。お邪魔しますと開いたドアの向こうには。老若二人ほどの教諭らしい男性と、それから…半日ぶりでの再会となる、聡明そうな顔容も凛々しい次男坊。都合3人が、応接用のソファーセットへと向かい合う格好で腰掛けており。
「…っ。」
反射的に立ち上がりかかった久蔵が、さほど憔悴してはないらしいのを一瞥にて確認すると、勧められるままにそのお隣りへと腰掛けて。…………さて。
「お兄様をお呼び立て致しましたのは、ですな。」
年嵩な方の教諭が、ソファーに腰掛けたまま、やや身を乗り出して語り始めた顛末というのが…………こうである。
◇
そりゃあカッコいいと頻繁に女子の口へと上っている名前ではありながら、されどその本人は放課後の繁華街のどこにもその姿を見たことがなかったので。これまでは判りやすい衝突もないままにいた。
『そりゃあそうでしょうよ。』
『寄り道どころか、部活さえ放り出してとっとと帰宅するよな奴ですし。』
お陽様は東から昇って西へ沈みますとでもいうよな調子で、あっさりと言い放っていたのが、剣道部主将の兵庫くんと、クラスメートの矢口くんだとかで。フォローして貰ったのか、それとも此処ぞとばかりに日頃の非常識を突っ込まれたのか、とりあえず…あわわと困ったようなお顔になった七郎次であり。
「そんな噂のモテ男くんだと、
気がついた何人かが言い掛かりをつけて来たらしいんです。」
面白くないことでもあったものか、ちょっとした気晴らしの的代わり。たむろしていた狭間を通過しかかっていた久蔵くんへ、スカシてんじゃねぇよという程度の乱暴な言いようを投げかけたところ。怯みもしなきゃあ、何だ?という一瞥さえ向けもせず。風がそよいでもこれより関心向けようにと思うほどの、知らぬ顔のままさっさか通り過ぎようとしたものだから。
『待てよ、ごらっ。』
眸が合っても突っ掛かるのだろに、シカトしてんじゃねぇよとの勝手な言いようを口々にわめきつつ、数人でたむろしていたそのほとんどが、通りの両脇から次々に寄ってゆくと腕伸ばし、掴み掛かろうとしたのだけれど。
―― ふわっ、と
どの腕もどの手も、目的の存在には触れもせで。大仰に身をよじって避けてなぞいない。歩調も変わらないし、視線だって前を向いたままという態度でもって、掴みかかる手をことごとく躱す様は、むしろ…ちょっかい出してる連中の方が、間抜けにも目測誤りまくっているとしか見えないくらい。タネを明かせば、相手の動作の気配からその手の最終到達点を見切っての、ほんの僅かずつを避けているだけ。手のひらの大きさ、いやさ、前進しながらなのだからその指先の分だけ躱せば済むと、身を揺らすだけで対応していた久蔵だっただけのこと。ボクシングの選手であれば苦もなくこなせようことで、さほど神憑りでもない技だけれど。日頃よっぽどこういう形でさらりとあしらわれた経験がなかったらしい連中、方法は不明ながら、それでも偶然なんかじゃあなくの意図的に軽んじられての、コケにされたと思ったようで。
『ナマイキしてんじゃねぇっ。』
『待てっつてるだろうがよっ!』
凄むような声をかけつつ、手近にあった空き缶を容赦なく投げれば。肩へと担いだ袋入りの竹刀の先、そこから下がった防具入れだろ大きな荷に当たり、跳ね返った先には…元から設置のごみ箱が待ち受ける。どんな偶然だと呆れつつ、次のを別の輩が投げつけたところが。それもまた…測ったように同じカゴへ飛び込んで。これには思わず、周囲の傍観者たちも感嘆の声を上げてしまっており、
『…おお。』
『島田くん、凄いvv』
歯牙にもかけずとはこのことか。あくまでも冷静な本人に何の障りもないままに、足早な歩調さえ乱れぬまんま、あっさりスルーしての駅舎へと向かう久蔵であり。こうまで相手にされなんだのは、いやさ、片手間とも言えないほどの小手先であしらわれたのはお初であったその上に。自分たちの威勢を見せつけるがための舞台だったはずの、周囲の目があるところでの失態の連続だったのが、尚のこと、彼らの頭へ血を昇らせてしまったようで。
『待てやっ。』
踊らされているうち、適当に自分へ言い訳つけて、諦めればよかったものを。それでもと、このままの道化で終わる訳には行かぬとばかり。通り過ぎゆく最後の間合い、ぎりぎり端にいた、その割に偉そうなのが、焦って出したその手が掴んだものがある。
『…?』
力だけはあったのか、久蔵の揺るがぬ歩みをぐんと引き留めたその手掛かりこそ、最も触れてはならぬものだったのだが。そんなセンシティブなことが、初見のこやつらに判ろうはずもなく。
『何だなんだ、こんなチャラいもん付けてやがって。』
まだ新品というのを示す、淡い栗色のレザータグは、褐色の糸の縫い取りの針目が微妙に甘かったので。この二枚目が、やっぱり彼女がいての手作りかと、勝手に思い込んでの先走り。こんなもん、こうしてくれると、無理から勢いよく引いてのぶっつりと、根元から引き千切ってしまったものだから…。
『……貴様。』
『ああ"?』
初めて聞いた低い声。何だ何だ、やっとこっち向きやがんのかと。正面きってのタイマンだったら、こんなひょろいのに負けるかよと。勢い込んだその矢先、身構える間も与えずの、鋭い一閃が視野を横切り。
“…え?”
間近に居合わせた仲間らは元より、一番間近にいた当事者が、何が起きたか分からぬまま、その場へへなへなと座り込む。顎やこめかみ、腰に脛。一瞬の突きや手刀だけで、あっと言う間に立っておれなくなる急所は一通りを知っている。そこを軽やかに薙ぎ払ってやっただけ。目にも止まらぬ代物だったので、何が起きたのかが判らなかった最初の一人を皮切りに、
『何だよ、こんなもん。』
取り返そうとした久蔵の手の先、微妙に先んじて横取りした別口の手の先でひらひらと揺らされた真新しい名札ケース。そうか、これを掴んでりゃ、こいつこっちを向くんだと。中途半端な切っ掛けだけを手に入れてしまったお馬鹿さんたちが、ざまぁねぇなと小馬鹿にしたように笑ったものの。その下品な笑いようが、春までなんぼかの三月いっぱい、最後の高笑いになろうとは。神の身ならぬ彼らには、判りもしなかった将来図だったりしたのであった。
◇◇◇
全員で何人いたことか。途中でというか、逃げ足だけが取り柄だったのが何人かいて、見切りも素早くあっと言う間に逃げたのが二人ほど。それを足したら総勢11人を相手にし、制服も靴も 埃一つしわ一つ増やさずの、お見事にも手際よく。それを返しなと掴みかかった腕へ、それっと数人ほどがぶら下がったの、だあ邪魔だと軽い一振りで払いのけ。後方から飛び掛かって来たクチは、肩に担いだままだった竹刀の先にて。後ろ向きのまま ごっつんと、顎を目がけて(?)迎え撃ち。ぎゃあとのけ反ったのが後に続いたのと鉢合わせ、勝手に自滅してくれたのも知らぬまま、尚も追ったタグを相手の手首ごと掴まえれば、今度こそ固定された腕だと、それへそこいらにあった古モップの柄を棍棒扱いにしの、振り下ろした奴がいたけれど。その細い腕のどこにそんな馬力があるものか。腕を掴まえた相手、彼より一回りはガタイの大きな上級生だったのに、ぐいと引かれて気がつきゃあ、振り下ろされた柄の真下に頭が来ており。ぐあと野太い声あげて、そのまま昏倒してしまう。皆が手際を覚えておれたのはそこまでで。その後も…判りやすい殴った叩いたという揉み合いにはならずの、なのに気がつきゃ、昏倒している顔触れが累々。ものの数分とかからずに、立っているのは久蔵のみという状況に落ち着き。そんな中にて…やっと取り返したレザーのタグの、千切られてしまった紐のところを何とも悲しげに何度も何度も撫でて愛おしんでいたところへと、
「商店街の人が連絡して下さって。それで、私どもが駆けつけたという訳でして。」
「そ、そうなんですか。」
これまで、問題を起こすようなことだけはしなかろうとの信頼寄せてたいい子だったのに。よりにもよって乱闘騒ぎ、しかも商店街の只中でとは。目立つにも程があり、ご迷惑かけたにも程がある大騒ぎじゃあありませんかと。思いも拠らなんだ大ごとへ、恐縮しかかった七郎次だったのだけれども。
「…あ、ちょっと待って下さい。」
お話の腰を折ってすいませんがと、小さく頭を下げてから。自分の隣に腰掛けている久蔵へ、真っ向から向かい合うよに向き直り、
「久蔵殿。」
少々固い声をかけてのそれから、真摯なお声で訊いたのが、
「どこか痛めてはいませんか?
いつだって我慢して、アザとか見つけるまで言わないでしょうが。」
…………まあ、この辺はお約束ということで。(笑) どっこも何ともないと、嘘偽りなくの正直に申告しても、細い眉寄せ、どこか納得いかないようなお顔をしている“兄上”へ、
「その点は、私共も確かめましたので大丈夫ですよ。」
苦笑を見せた先生方であり。はっと我に返ったおっ母様、しまったここは家じゃないとの平常心を何とか取り戻し、居住まい正したそこへと向けて、
「一部始終を見ていた方々のお言いようを総合しましても、島田くんはかかる火の粉を振り払っただけなようですが。」
まずはと、概要をあらためて並べて下さる先生方で。さほどに苦々しい様子じゃあないのだけれど、まさかにこのままお咎めなしでは済まなかろう。何と言っても、
「それでも、相手に何人も怪我人が出てしまった、
喧嘩という暴力沙汰だったのには違いありませんので。」
「はあ、それは…。」
大切な家族が危ない目に遭っていたのだ、場合によっちゃあ“黙って殴られてりゃよかったのですか?”と言い返していたかも知れない、そんな理不尽さを感じる言われようだが。実際問題として、こっちは掠り傷一つない以上、七郎次としては“面目次第もございません”と、頭を下げるしかなかったようで。そして、そんな彼を横合いから見る格好の久蔵もまた、今になって“ああいけないことをしたのだな”と、重々思い知っているような、そんな消沈ぶりを態度の中へ仄かに滲ませる。こりゃあ謹慎とか停学とかいうお仕置きは必至かなぁと、兄も弟も覚悟をしたものだったが、
―― ところが。
◇◇◇
『明日から試験休みに入りますので、それも勘定に入れての自宅謹慎を3日。』
それで処分としますからと。意外な言われようをし、却ってこっちから“はい?”と訊き返してしまったほど。何でも連中は隣町の高校生たちで。あの繁華街でも札付きの、昔流に言う不良ども。他でもさんざん騒ぎを起こしちゃあ、停学だの謹慎だのと前科をためてた顔触ればかり。そして今回、向こうの学校や保護者たちから、ねじ込むどころか、どうか穏便にとの申し入れがあったらしい。
「卒業間近い身の顔触れが何人かいたそうで。
今ここへ警察沙汰が加算されると、
何とかコネで得られた就職とかに響くって子もいるらしいんですよ。」
呆れたお話でしょう?と、肩をすくめた七郎次が、丁寧な所作にてテーブルへと置いた湯飲みをそのまま持ち上げた勘兵衛が、
「…では、そういう輩を守ってやるために、久蔵へのお咎めが軽くなったと?」
年齢相応の知的な落ち着きがありつつも、野性味あふれて精悍なお顔を顰めたのは、だとすれば、あまり喜ばしい運びではないと言いたい彼なのだうと。そこは七郎次のみならず、久蔵にも判っており。何なら罰してくれたって望むところと言いたかったらしい久蔵だったの、まあまあと七郎次が何とか宥めたという。今もなお、判る人は限られる微妙さで、むうと膨れているままな次男坊の掛けてるソファーへ、
「ほら。なんてお顔をしてますか。」
そのすぐの真隣りへと腰掛けて、慣れた手際で愛しい痩躯を腕の中へとくるみ込めば、
「〜〜〜。////////」
別に、拗ねてなんかないものとでも言いたいか。それを誤魔化さんとしての、お顔を相手の胸元へとここしこしと擦りつける甘えようが、
“ここぞとばかりじゃあるまいな。”
……勘兵衛様、日本語がおかしいです。(苦笑)
「それにしても、そのタグとやら。」
騒動が面倒という以上に、やり合わずともありありと判る格下の相手。何を言われても、どんなちょっかい出されても、上手に避けるか意に介さぬか。そうして通した久蔵が、引き千切られたことであっさりと、堪忍袋の緒を切ったほどものお怒り呼んだ代物は、
「…今朝方、久蔵殿へ差し上げたんですよ。/////////」
先月のバレンタインデーには、そりゃあ美味しいチョコをいただいたのでと。ホワイトデーの贈り物として、七郎次がお隣りの五郎兵衛殿に教わって、生まれて初めて作ったレザークラフト。飾りっ気も少ない、そりゃあ地味な作りの代物で。いかにもハンドメイドだったので、連中の目にも留まったのかも。
「ごめんなさいね、だったら私のせいですね。」
「〜〜〜。(否、否、否)」
そんなことはないですと、優しいおっ母様の懐ろに頬やら綿毛ががあたるまま、かぶりを振った次男坊。謹慎という汚点がついちゃったことも何のその、相変わらずの母子なようで。
“これをどう窘めろというのやら。”
勘兵衛様のみが…父親役も大変だと。顎鬚さりさりと撫でながら、大きく吐息をついたのは言うまでもなかったりするのであった。
〜Fine〜 09.03.14.
*うあ、駆け込みです。
アップは間に合いそうにないですが、
バレンタインデー話へのアンサー、ホワイトデー噺ということでvv
めるふぉvv

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